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出逢った頃(8) ミュージシャン増尾さんの人間的魅力に接して

回想 「出逢った頃」シリーズ (1)(7) の続きです。

増尾さんにしてみれば、どこの誰ともわからない人間からいきなり電話がかかってきたわけです。素性も何も知らない私に、わざわざ会ってくださって、本当に感謝感激!

「どこの誰ともわからない」といっても、私の名前だけなら、ひょっとしてぼんやりと覚えていただいてた かも しれません。ファンレターの返事をいただけたり六本木PIT INNで名前を聞かれたりしたことがあったので。でも、それから既に1年とか2年たっていました。それにまぁ、たとえ名前だけ覚えてくださっていたとしても、大差ないですね。

ホテルの部屋からエレベーターを降りたらすぐそこに憧れの増尾さんがいらっしゃるというのは、まさに夢のようでした!! 軽く挨拶しながらホテルの外へ出ました。雨が止んでいました。「(雨あがりで)気持ちいいから歩こうよ」 とフレンドリーに言ってくださって、夜の街を歩きはじめました。歩きながら、ご自身のその頃の心境などもいきなり語ってくださっていましたね。
ホテル前の通り Broadway を、51丁目目からダウンタウン方向へ。 すぐに48丁目にぶつかって、左手へ折れると楽器街です。48th Street の7番街と6番街にはさまれた区間は Sam Ash とか Rudys といった楽器店が並んでいるのです。その楽器街を、ちょっとだけ歩きました。というか、まぁ 足を踏み入れた程度でしたが。ホテルからたぶん 5 ~6 分歩いた程度だと思います。
それから、増尾さんは、私がその晩どこへ行く予定かを訊ねました。増尾さんの演奏が聴けないならばヴィレッジ・バンガードへ行くつもりだった、と答えると、タクシーをつかまえてくれ一緒に乗りました。7番街を、バンガードのあるダウンタウン方向へ。同じ方向に増尾さんのご自宅もあります。

わずかながらお話できて、大満足でした。増尾さんが音楽活動の拠点としてあえて選んで住んでいらっしゃる街 ニューヨークでお会いできて、しかもお話もさせていただけて。増尾さんの音楽からイメージしていたとおり、いや、それ以上に素敵なお人柄を感じました。

7番街をそのまままっすぐ走行すれば、すぐにヴィレッジ・バンガードの真ん前に着いてしまいます。 もう、タクシーを降りるまでの間しか時間が残されていない、と思った私は、タクシーの中で 思い切って バッグの中からマーカーペンなどを取り出し、サインをお願いしようとしました。 が 「それはあとで」 と言われ(??) 引っ込めました。そりゃ そうです。タクシーの座席では手元が揺れて書きにくいのに、失礼ですよね。それにすぐに降りなきゃならないから落ち着かないし。 まぁ 私としては、揺れた文字だろうが、信号待ちの間に1文字だけだろうが、とにかく いただけたらという気持ちではあったのですが。

増尾さんがタクシー ドライバーに “Here is fine.” と言って降りた地点は、ヴィレッジ・バンガードのそばではあったけれど真ん前ではありませんでした。なんとっカフェに入ってくれたのです!! テーブルをはさんで落ち着いてお話させていただき、サインもいただきました。私なんぞのためにお時間を割いていただいて、本当に感謝です。

なにより、増尾さんは、押し掛けた私に対して ファンサービス という感じではなく、いかにも対等な立場で知り合ったかのごとく 私をまともに相手にしてくださったのです。そのお人柄に接して、うまく言葉にできないのですが、心の深いところで感じるものがありました。この回想シリーズ「出会った頃」を ダラダラ と引っ張って回を重ねて書いていますが、こういったことこそが、書きたいポイントなのです!! 私がどんな仕事をしているかなども訊ねてくれて、本当に、一人の人間対人間として接してくれたのです。

カフェを出てから、なんとヴィレッジバンガードまで歩いて送ってくださって、舗道入り口から地下のヴィレッジバンガードへ降りる階段でお別れしました。

初ニューヨーク旅行の最後の晩がそれでしたから。帰りの飛行機では、それを思い出しては一人で顔をニマッとさせてしまい、近くの席のツアー団体参加者さんたちからナニナニ? --なんだ、ヤレヤレ と反応されてしまったものです。

このツアーの後で知ったことですが、映画会社の宣伝の「特賞はニューヨーク無料ご招待」という懸賞は、嘘ではありませんでした。私と相部屋だった人が、無料招待に当たって参加したのだそうです。彼女は、ほかのツアー参加者にねたまれることを懸念してか?ツアー中はそのことを黙っていましたが、後日私に教えてくれたのでした。教えてもらってよかったです。だって、それまでは自分が当選した「格安優待」の参加費だって、本当に映画会社さんが一部を負担してくれたかどうか半信半疑だったのが、今度こそ間違いなく本当なのだと思えたから。もちろん、価格的に考えても当時のパッケージツアーの相場からして どう考えても安すぎたわけで それほど疑ってはいませんでしたが。

ニューヨークで増尾さんに会ってもらえた感激と感動は、日本に帰ってきてからも じわじわと私の中で醗酵しました。(実は、もっと正確にいうなら、この後の出来事なども含めて、2~3年かけて、ということになります。)

増尾さんほど世界的にも認められて活躍している人、しかも私にとって雲の上の憧れの人が、ずっと年下で社会的にもとりえのない私に、心を開いて一人の人間として接してくれたわけです。こんなずうずうしいファンが たくさんいたら増尾さんの足を引っ張りまくりですよね(懺悔~)。 もともと、増尾さんのご経歴を読んだときから 人間としてスケールの大きい お方だというイメージが私にはあったわけですが、直接お会いして、その大きさを実感しました。威圧的な感じとは違って ふわーっ と爽やかなんだけど、なんだか大きいんです(彼の音楽と同じ!)。同時に、「上から目線」でなく同じ目の高さで話させていただいただけにかえって、自分が人間として増尾さんに全然つりあっていないという当たり前の現実を、いやでも意識させられた気がしたわけです。社会的な成功とか知名度とかは別にして、せめて心の大きさくらいは、増尾さんに少しでも近づきたい、という気持ちにさせられたのでした。…… そのわりには現在の私、目指すところに届かず いまだに もがきながら低空飛行していますけど。それでも私の人生に大きなプラスをいただいたことは間違いありません。

私と同じように、ファンとしてニューヨークで増尾さんにお会いして、似たようなことを感じた方が、ほかにも少なくとも1人いらっしゃいます。週刊少女コミック、別冊少女コミックなどに連載されていた漫画家 川原由美子さんです(彼女は私のような一般人ではなく漫画家として名の通った方なので、ちょっと立場が違いますけど)。

川原由美子さんの、小学館 フラワーコミックス『すくらんぶるゲーム (4) 』(1983年2月初刷り) の中に、4ページ分の「ニューヨーク旅行記」というのがあります(コミックス用に書き下ろされたページに思われますが、その点は不明)。「昨年の5月」に行ってきたというニューヨーク旅行について4ページ描かれていて、そのうちの ほぼ 1ページが、増尾さんにお会いしたことについて割かれています。
( 写真には2冊写っていますが、
実は『すくらんぶるゲーム』だけじゃなく
もう1冊のほうでも作品中に増尾さんの
名が1度出てくるのです。)
コミックス1表紙コミックス2背


現在、中古でしか入手できないようですので、著作権の問題もあるかと思いますが、あまり大きすぎない(と私が思う)程度に、ここで紹介させてください。 1ページ足らずの紙面に雰囲気たっぷりに巧みに描いてまとめていらっしゃいます。

コミックス3ニューヨーク旅行記p1
コミックス4ニューヨーク旅行記p4← このページです。
 ご興味あるかたは
 画像をクリック
 してください。



このページの内容は:

なんとあの 増尾好秋 さんにお会いしてきたのだ 」ではじまって

… このたんなる 一ファンのずうずうしくもあつかましいお願いに 増尾さんは快く応じてくださり …

… お忙しい中 時間を割いて下さった増尾さんは 初対面の年下の女の子に対しても本当に真剣に相手をしてくださったのです…

… 「魅力的な人」って言うのはこういう人のことを言うんだろうなー ってつくづく …

… 増尾さんの作る音楽があんなにも やさしくてすてきなのは やっぱりご本人の姿勢と人柄だと思うのです …

… 増尾さんという「人間」に触発されてしまいました。…

… 袖すりあうも他生の縁ならばご縁があったのなら せめて恥ずかしくないくらいの自分を持ちたいって そう思ったのでした …

などと書かれていました。

ものすごく共感を覚えてしまいます。

実は、このニューヨーク旅行記について私が知ったのは、うんと後になってからで、2007年1月だったかな~ ? ライブ友Tさんから教えていただいたのです。(ネームをここで書いていいのかどうか迷うのでとりあえずTさんとだけ。Tさん、教えてくださっただけでなく、貴重なものを、本当にありがとうございます。) 
川原さんはほかの作品でも、増尾さんの名を出したり、あるいは登場人物の名にミュージシャンの名の一部をあてたりしていたのですね。知らなかった。ちなみに私は、一時期少女まんがをけっこう読んでいて、川原さんの作品もいくつか読んだことがあり、わりと好きだったと記憶しています。ただし、増尾さんの名が作品に登場する頃は、リアルタイムでは読んでいなかったんだと思いますね。
(→ (9)へ続く
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ギタリストToshi Maruhashi君と増尾さん

丸橋君について、このブログで少し前に一度書きました。
● 「ギタリストToshi Maruhashi君

その彼が、自身のブログに増尾さんとの写真入りで書いてますよ~ これです↓
http://blog.livedoor.jp/toshimaruhashi/archives/3702041.html

彼は、今、ますます燃えているみたいです。
静かに心の中で熱く燃えてる、といった感じでしょうか?

ニューオールリンズでレコード-ディングされた
ファーストアルバム『Diary』Toshi Maruhashi 、あなたも聴いてみてください。
彼の MySpace でちょっとだけ試聴できます。 web拍手 by FC2

出逢った頃(7) はじめてのNYでのコンタクト

※回想シリーズ「出逢った頃」 (1)(6) の続きです。

いま振り返ると、あのとき よくぞ思い切ってダイヤルできたものだと思います。
ただ、電話の目的は はっきりしていました。

短いニューヨーク滞在期間中に、増尾さんの生演奏を聴ける機会があるかどうか。あればいつどこでなのか教えてもらいたい、それだけです。

前夜 買った雑誌のジャズクラブ出演者情報ページに載っていなかったけれど、ニューヨークのどこかで演奏されることがあるかもしれない。もしもあるなら、せっかくなけなしのお金をはたいて、いやはたくだけのお金もなく工面してこの地まで来て、逃すわけにはいきません。

もしも増尾さんのマネージメントをしている音楽事務所とかがあって、それを知っていたならば、もちろんそっちに尋ねたでしょう。でもわからなかったので。わかる番号に架けてみるしかない。

数回の呼び出し音のあと、

電話の向こう: カチャッ “Hello

私: “Hello, Is this ... (Masuoサン ノ オタク デスカ)?”(英語で)

向こう: “Yes (男性の声)

私: 「あの~(日本語)

向こう: 「はいはい(日本語)


おっと、いきなりご本人だっ!

何をどう話すか、準備してありませんでした。
しかし、ここであわてて しどろもどろ になってたまるか。必死です。

えと、まず、自分が何者であるかを伝えなければならない。
増尾さんの演奏をニューヨークで聴くのがずっと夢で、日本から今はじめてニューヨークに来ている者だということ。前の晩に到着してすぐに雑誌でライブ情報をチェックしたものの、増尾さんの名は見あたらなかったということ。ニューヨークに4日間ほどしか滞在できないことを伝え、そして、どこかで演奏される予定はないでしょうか? と尋ねました。

なるべく手短に、自分の想いと用件を伝えようと 頭の中は猛烈にいそがしかった気がしました。

それで、今のところ予定はないけれど、やることになったら電話してあげる (わぉっ!)、ということになり、どのホテルに泊まっているか訊ねてくれたのです。
ホテルの電話番号のメモはそのとき たしか持っていなかったと思う。でもホテルの名前が「シェラトン・センター」であること、部屋番号(3711号だったかな?)と、それに何番街に位置するホテルか、ということは幸い言うことができました。そしてもちろん自分の名前も。( --ここでチラッと、自分の名前をひょっとして覚えてくれてるかな?っとも思ったけど、聞くのも変だし、実際そんな余計なことを言う余裕はありませんでした。)

会話はそれで終了。

それからまた団体行動に戻りました。国連ビルを出たところに集合し、半日市内バス観光を続行。
一行はカフェテリアで昼食をとって、お昼下がりに解散しました。あとは、4日間自由行動です。

4日間を、もちろんフルに楽しみました。慣れていないので効率的に行動できたわけではないけれど、どこを歩いても何をしていても楽しいわけです。ずっと憧れだったニューヨークに やっと 来られたことが嬉しくて、それに、ニューヨークの雰囲気が気に入ったし。嬉しくて、四六時中 ニコニコ しどおし。、頬の筋肉が上がりっぱなしで固まってしまい、逆に普通の表情にしようとすると顔がひきつるように感じるほどでした。

4日目午後は雨で、グリニッジ・ヴィレッジ界隈を、傘をさして歩いていました。ワシントン・スクエアとか。あのあたりの雰囲気は好きですね。でも、もう翌日の午前にはホテルをチェックアウトしてニューヨークを発たなければなりません。増尾さんからの電話はありませんでした。
確率からしたらそうだよな~、こんな短い滞在で、そう うまくはいかない。たとえば増尾さんが演奏旅行中でニューヨークにいないっていう可能性さえあったわけだから、電話で話せて、まともに応対してもらえただけでも超ラッキーだしありがたいしことだった。と 思うことにしなくちゃ。 それでも最後の日は、さすがにちょっと未練がありましたね。

いったんホテルに戻りました。夕食は、もう覚えてないけどデリカテッセンの類の店で買ってきて部屋で食べたんだと思います。そのあとは、ヴィレッジバンガードにでも行って最後の夜を過ごそうと計画していました。


そのとき、

リリリリン...  電話が鳴りました。

え?

増尾さんでした。 (@ @)

へ 、部屋にいて よかった~~~

結局、どこかに出演されるということは ないとのことでした。
が、もしも許されるなら、ちょっとだけでもお会いしたい、という気持ちを口に出しました(図々しくてすみません)。そしたら、私が増尾さんの場所まで行くのは夜で「危ないから…」 と言われ、増尾さんがホテルの前までわざわざ来てくださることになったのです。ちなみに増尾さんはそのとき 38丁目あたり?7番街と8番街の間にあるミュージックビルでした。そのあたりは夜 ひと気がないそうです。


受話器をおろしてから飛び跳ねていました。(いちおう相部屋の人は外出していて、部屋に私ひとりでした。)

しばらくしてからもう一度、ホテルの内線からコールをいただき、37階からエレベータで1階へ降りました。

エレベータホールからロビーへ向かおうとして、すぐにわかりました。

そこに、ほんとに世界のマスオさんが立っていました。

( → (8) へ続きます ) web拍手 by FC2
プロフィール

Kaco

Author:Kaco
一番好きなミュージシャンの公式ファンサイト を趣味で編集・管理しています。東京在住。音楽と無関係の仕事と雑事にいつも追われています。猫大好きですが、飼ってはいません。上のネコちゃん写真は米国PA州にあるM邸で撮影(→詳細はこの記事)。私へのメールは、当ブログのメール送信フォーム、または上記サイトの送信フォームから。

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